January 05, 2010

近畿を知る旅 歴史と風景

『近畿を知る旅 歴史と風景』が年末に出版されました 野外歴史地理学研究会編で、税...

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地理学演習帳ができました

古今書院より「地理学演習帳」が出版されました。 3節分(6ページ)の分担執筆した...

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October 19, 2009

家人が朝日新聞に登場

政権交代、揺れる教員制度 現場や大学に戸惑い http://www.asahi....

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September 22, 2009

日食の観察

 7月22日は日食だった。当日は幸い補習もなかったので、観察していた。残念ながら...

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白地図を活用しよう

 地理とは地球表面の情報を扱い、整理したり分析する教科である。難しく言えば「空間...

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インフルエンザに伴うマスク着用率その4

 前々回で、一応の考察は終わったのだが、書き残していることを、2つとりあげ、結論...

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August 23, 2009

夏季補習 地図の作成

 授業において、時間距離の説明をした。ここでは距離について考えてみたい。以下7行...

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加古川沿いの水塚

 地理授業で水郷景観(輪中)について、説明した。村落の単元の最初(村落の立地)のところである。
 輪中集落とは、洪水から集落や農地を守るため周囲に堤防を巡らせたもので、木曽三川下流が知られている。このような集落では、避難のため母屋より一段高い水屋(水塚ともいう)が築かれる。
 実は加古川沿いにも、似たようなものがあるといううわさを聞き、調査に出かけた。それは、国包にある「築山神社」である。「築山」という名は盛り土をしたと言う意味と考えられる。
 この盛り土は、神社一区画分のみで、周囲は石垣で築かれ、意外にしっかりしている。高さは周囲の2階建て家屋の軒先ほどなので、3m程度である。
Photo

 神社横には市教委の掲示板があり、「国包出身の大坂商人長浜屋新次郎が洪水を防ぐため私財をなげうって、1756年に築いた」とある。神社になったのは後年のことだそうだ。
 先ほど述べた水屋を造ることができるのは地主や富農層であって、一般の小作人などはそんなものを造ることはできなかった。そこで庶民たちは洪水を逃れるため、盛り土を築いていた。これが水塚とか助命壇あるいは命塚と呼ばれるものである。国包は加古川の水運によって形成された商業集落(渡津集落)であるが、これも助命壇と考えていいように思われる。調査し損ねたのは、この神社がどのような神を祭っているかを調べなかったことである。もし龍神など水関係の神(水神)であれば、「なるほど、そうでしょ」ということになるのだが、そう都合はよくない(かもしれない)。
 この神社の南側には加古川本流の旧河道がみられ、蛇行の様子を観察できる。またこれ以外の神社(稲荷神社)は計8段ほどの盛り土、付近のお寺(曹洞宗)は3段ほど盛り土しているだけであった。2

 国土地理院空中写真1961年撮影

 ※中央が国包集落、上方を加古川が流れる
 ※2本の点線が旧河道
 ※集落内の丸印が築山神社

地理的空間7号

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世界の人口(ジオゴロ)

世界の人口大国の語呂あわせは、過去にいくつもあるが、発展途上国の増加が著しいので...

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インフルエンザに伴うマスク着用率その3―仮説の検証 その2―

 前々回の仮説(前々回の復習) ②の疑問に関しては、通勤客の影響があらわれる朝と...

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